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  F1今昔物語 2008年 ダイジェスト

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 ■ シーズン前
 アロンソは1年でルノーに復帰した。中嶋一貴がウィリアムズからのフル参戦を果たすことになった。彼は、中嶋悟の息子である。他に、ネルソン・ピケの息子もルノーからデビューする。トロ・ロッソの新人、S.ブルデー(S.Bourdais)という名前は、ボーデと表記されることもある。
 スーパーアグリの参戦が決まったのは、開幕の一週間前ほどのことだった。フォース・インディアとは、インドの実業家、ビジェイ・マリヤらがオーナーのチーム。代表は引き続き、コリン・コレスが務める。
 主なレギュレーション変更に、「トラクション・コントロールの禁止=ECUの共通化」「ギヤボックスの4戦連続の使用」「予選の時間配分の変更」「予選3回目の燃料返還の撤廃」などがある。
 フジテレビの地上波は、テーマ曲は去年と同じで、アニメーションが無くなった。
チーム/マシン名 エンジン ドライバー 前年は? タイヤ
フェラーリ F2008 フェラーリ(V8) 1、キミ・ライコネン
2、フェリペ・マッサ
残留
残留
BS
BMW F1.08 BMW(V8) 3、ニック・ハイドフェルド
4、ロザート・クビサ
残留
残留
BS
ルノー R28 ルノー(V8) 5、フェルナンド・アロンソ
6、ネルソン・ピケJr
マクラーレン
新人
BS
ウィリアムズ FW30 トヨタ(V8) 7、ニコ・ロズベルグ
8、中嶋一貴
残留
新人
BS
レッドブル RB4 ルノー(V8) 9、デビッド・クルサード
10、マーク・ウェバー
残留
残留
BS
トヨタ TF108 トヨタ(V8) 11、ヤルノ・トゥルーリ
12、ティモ・グロック
新人
新人
BS
トロ・ロッソ STR2B フェラーリ(V8) 14、セバスチャン・ブルデー
15、セバスチャン・ベッテル
新人
ザウバー、トロ・ロッソ
BS
ホンダ RA108 ホンダ(V8) 16、ジェンソン・バトン
17、ルーベンス・バリチェロ
残留
残留
BS
スーパー・アグリ ホンダ(V8) 18、佐藤 琢磨
19、アンソニー・デビッドソン
残留
残留
BS
フォース・インディア VJM01 フェラーリ(V8) 20、エイドリアン・スーティル
21、ジャンカルロ・フィジケラ
残留
ルノー
BS
マクラーレン MP4/23 メルセデス(V8) 22、ルイス・ハミルトン
23、ヘイキ・コバライネン
残留
ルノー
BS

 ■ 3月16日 第1戦 オーストラリア
 ライコネンが予選で燃圧系トラブルに見舞われ、15番手に留まった。グロックがギヤ交換と進路妨害で10グリッド降格、スーティルがエンジン交換でピットスタートとなった。予選トップスリーには、ここ1、2年にデビューした者が並んだ。
 スタート1コーナーで多重衝突が起こり、いきなりセーフティーカー出動となった。ベッテル、母国GPのウェバーら中団の5台が消えた。マッサもコバライネンとの争いでウイングを傷め、ピットインを余儀なくされた。中嶋一貴もピットインした。佐藤琢磨が11位にまで順位をあげた。
 ハミルトン、クビサ、コバライネン、ハイドフェルド、N.ロズベルグ、トゥルーリ、バリチェロ、ライコネンの順でレースが再開。N.ロズベルグがハイドフェルドを抜いた。スーティルがマシンを収めた。
 16周目、クビサがピットイン。19周目、ライコネンがバリチェロを抜いた。20周目、トゥルーリがピットでレースを終えた。21周目、同時のピット作業でN.ロズベルグとハイドフェルドの順位が逆転した。23周目、ハミルトン、コバライネン、ライコネン、クビサ、ハイドフェルド、アロンソ、N.ロズベルグ、バリチェロ。
 25周目、マッサとクルサードが1コーナーで激突し、2回目のSC出動となった。ライコネンが一瞬ピットに入りかけた。安全走行中、給油は一時的に規制される。規制解除後、クビサ、アロンソ、グロック、中嶋一貴らがピットインした。今季は、タイヤを温めるためのジグザグ走行が禁止されている。
 レース再開の29周目、ライコネンがコバライネンに襲い掛かるも、コースアウトして最下位に転落した。時を同じくしてマッサがエンジントラブルでリタイヤ。続けて、ピケJr.、佐藤琢磨もトラブルでリタイヤした。ハミルトン、コバライネン、ハイドフェルド、N.ロズベルグ、バリチェロ、ブルデー、クビサ、アロンソ。コース上に残っているのは11台になった。
 43周目、ライコネンがグロックに襲い掛かるも、再びコースアウトしてスピンした。直後、そのグロックもコースアウト、芝生を跳ねて大クラッシュとなった。パーツが飛び散り、ピットインを済ませたハミルトン以外は微妙な時間帯の状態で、3回目のSC出動となった。ここで、ベテランのバリチェロが三つのチョンボを犯した。規制中にも関わらずピットインし、ホースを引きずったまま発車、さらにピットレーン出口の赤信号を無視して、最終的に失格となった。規制解除後、コバライネンとアロンソがピットインし、止む無く順位を落とした。
 49周目にレース再開。…の直前に中嶋一貴がクビサに追突し、クビサをリタイヤに追いやった。コバライネンがライコネンを抜き、その二人をアロンソが抜いた。まだまだ波乱は続き、残り4周でライコネンがリタイヤ、残り2周で4位走行中のブルデーもリタイヤとなった。最後、アロンソとコバライネンが抜きつ抜かれつのバトルを演じた。
 ハミルトンは、またもや荒れた展開を無難に走りきり、開幕戦を制した。N.ロズベルグは初の表彰台に立ち、コバライネンは初のファステストラップを記録した。中嶋一貴とS.ブルデーが初入賞を遂げた。

 ■ 3月23日 第2戦 マレーシア
 中嶋一貴は、前GPでのクビサへの衝突の責任で、10グリッド降格が決まっている。予選で、マクラーレン勢が、2台とも進路妨害をしたとして5グリッド降格となった。
 決勝スタートは、マッサがライコネンを牽制しながら1コーナーに進んだ。N.ロズベルグとグロックの接触があった。ブルデーがスピンしてリタイヤ。グロックもマシンをガレージに収めた。マッサ、ライコネン、クビサ、ウェバー、ハミルトン、トゥルーリ、コバライネン、クルサードの順。
 4〜5周目にかけて、クルサードとアロンソ、ハイドフェルドが8番手を争い、一瞬の攻防によってハイドフェルド、アロンソ、クルサードの順になった。6周目、スーティルがリタイヤ。フェラーリ勢が下位を引き離していく。
 17周目、ウェバーから上位陣がピットインを開始した。先にマッサが入った後、ライコネンが飛ばしに飛ばして、ピット作業後に先頭に立った。ハミルトンのタイヤ交換が上手くいかず、順位を落とした。26周目、ライコネン、マッサ、クビサ、コバライネン、トゥルーリ、ウェバー、ハミルトン、ハイドフェルド。
 31周目、マッサが単独スピンによってリタイヤし、2戦連続で無得点となった。ウィリアムズが、2台続けてのピットインを敢行した。39周目、ベッテルがリタイヤした。マクラーレン勢の第2ステイントが長く、ハミルトンが順位をあげた。中嶋一貴は一時13位まで順位をあげたが、40周目に単独スピンを喫して順位を落とした。
 終盤、ハミルトンはトゥルーリに1秒差まで詰めた。バリチェロがピットレーン速度違反を犯した。
 ライコネンが王者らしい磐石の勝利を見せた。残り1周という場面で、ハイドフェルドが初のFLを記録した。136戦目(9年目)のFLで、史上最遅のものである。チームとしても、ザウバーの頃からを数えても、初のFLである。

 ■ 4月6日 第3戦 バーレーン
 予選。クビサが初のPPを決めた。BMWチームとしても、ポーランド人としても初の快挙となった。
 決勝。強風で砂塵が飛び交い、レーシングラインがなかなかハッキリしない。スタートでマッサが抜け出した。また、ハミルトンが発車に失敗し、さらにアロンソに追突してピットイン、下位に転落した。
 スタートから数周は、順位変動が頻繁に起きた。ラインが定まらないため、中団以下で多くが挙動を失い、スピン・衝突が起きた。ベッテルが0周リタイヤした。ライコネンは1周目3位、3周目にクビサを抜いて2位へ、つまりフェラーリがワンツー体制を築き上げた。ハイドフェルドも2台をオーバーテイクした。5周目、マッサ、ライコネン、クビサ、ハイドフェルド、コバライネン、トゥルーリ、N.ロズベルグ、ウェバー。
 17周目、クビサから上位陣がピットインをはじめた。クビサはアウトラップで少しコースオフした。クルサードがバトンを無理にブロックし、後者がリタイヤした。マッサがライコネンに5秒程、ライコネンがクビサに2秒程の差をつけ、安定したペースで走る。以下、ハイドフェルド、コバライネン、トゥルーリ、ウェバー、N.ロズベルグ。
 中嶋一貴が唯一、ワンストップ作戦に挑戦した。2回目のピットインの攻防によって、アロンソがグロックに抜かれた。
 そのままマッサが逃げ切り、開幕2戦での不調を吹き飛ばすような快勝を見せた。

 ■ 4月27日 第4戦 スペイン
 奇数グリッドの者がスタートで順位をあげた。ライコネン、マッサというフェラーリ勢に、アロンソ、ハミルトン、クビサ、コバライネン、ハイドフェルド、ウェバーが続く。スーティルとベッテルの接触でセーフティーカーが出動した。7周目にも、ブルデーとピケJr.の接触があった。この2ケースとも両者リタイヤとなった。
 22周目、コバライネンが一晩の入院を要するほどの大クラッシュを起した。2度目のSC導入となった。このとき、ハイドフェルドがタイミングの悪いピットインを行い、ペナルティを受けて後退した。
 35周目、アロンソがエンジンブローによってリタイヤに追い込まれた。42周目にはN.ロズベルグもリタイヤ。終盤、トゥルーリが連絡ミスで不必要なピットインを行なった。これらの事態によって、バトンや中嶋一貴らが順位をあげ、入賞を果たした。レースは、フェラーリのみ何のトラブルにも遭わず、2戦連続のワンツーフィニッシュを決めた。

 ■ 5月11日 第5戦 トルコ
 開幕前から資金繰りに苦しむスーパーアグリ…。5月6日、苦汁の決断を下し、F1を撤退することになった。予選1回目、2回目での脱落は5台ずつに変わった。
 バリチェロの最多出走記録更新が騒がれている。当サイトの考え方では、1998年ベルギーGPでのクラッシュ、2002年スペインGPやフランスGPでのピットスタート失敗を「出走」とは数えないため、記録更新にはまだ3戦かかる。
 決勝スタート直後、フィジケラが一貴に乗り上げ、両者リタイヤとなった。ライコネンとコバライネンにも軽い接触があった。コバライネンはここでパンクを起こし、ピットイン、初のフロントロー・スタートが台無しになった。セーフティーカーが出動した。
 3周目にレースが再開され、ライコネンがアロンソをパス。マッサ、ハミルトン、クビサ、ライコネン、アロンソ、ウェバー、ハイドフェルド、N.ロズベルグで、大まかな隊列が整う。
 12周目過ぎ、ハミルトンがマッサに肉薄していった。そのまま16周目にピットインし、軽い燃料で第2ステイントに向った。ライコネンがピット作業によって、クビサを抜いた。
 ハミルトンはやはり3ストップ作戦だった。24周目、マッサをオーバーテイクし、先頭に立つ。2/3のピットインではライコネンの真後ろ、45周目、最後のピットインではライコネンの真ん前に戻った。
 レースは、マッサがポール・トゥ・ウィンで制した。これは3年連続のことである。3年連続で同一サーキットをPPから制するというのは、これまで、、、
  • M.シューマッハ…カタロニア(2001〜2004、4年連続)
  • M.シューマッハ…鈴鹿(2000〜2002)
  • A.セナ…モンテカルロ(1989〜1991)
  • A.セナ…ホッケンハイム(1988〜1990)
  • A.セナ…スパ・フランコルシャン(1988〜1991、4年連続)
  • J.クラーク…シルバーストン(1963〜1967、1年おきに開催)
  • J-M.ファンジオ…ニュルブルクリンク(1954〜1958、途中1年休みを挟んで)
このような例があり、マッサは、凄まじいメンバーの中に名を連ねることになった。ちなみに、次戦モナコでは、アロンソに同記録の達成が、一応、懸かっている。

 ■ 5月25日 第6戦 モナコ
 ???

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