別ウインドウです。読み終わったら閉じてください。


  F1今昔物語 2007年 ダイジェスト

前年へ / シーズン中盤へ  / シーズン後へ / 翌年へ

 ■ シーズン前
 アロンソがマクラーレンへ、ライコネンがフェラーリへ移籍した。マクラーレンのL.ハミルトン、ルノーのH.コバライネンといった新人の起用に注目が集まった。
 主なルールの変更に、「1レースで2種類のタイヤを使うこと」「2010年までエンジン開発を凍結すること」「金曜日のエンジン交換は許されること」「エンジン回転数の上限を19000とすること」「ピットレーンの速度を80km/hとすること」「スペアカーの使用禁止」などがある。
 ホンダがスポンサーロゴを極端に減らし、地球を描いたカラーリングにした。環境問題へのアピールが目的である。
 昨年後半からのことになるが、オランダの高級自動車メーカーであるスパイカーが参戦してきた。
 オープニングがアニメーション中心になった。エンディングとともに、テーマはQueen('70年代〜'90年代のイギリスのバンド)の「フラッシュのテーマ」。
チーム エンジン マシン名 ドライバー 前年は? タイヤ
マクラーレン メルセデス(V8) MP4-22 1、フェルナンド・アロンソ
2、ルイス・ハミルトン
ルノー
新人
BS
ルノー ルノー(V8) R27 3、ジャンカルロ・フィジケラ
4、ヘイキ・コバライネン
残留
新人
BS
フェラーリ フェラーリ(V8) F2007 5、フェリペ・マッサ
6、キミ・ライコネン
残留
マクラーレン
BS
ホンダ ホンダ(V8) RA107 7、ジェンソン・バトン
8、ルーベンス・バリチェロ
残留
残留
BS
BMW BMW(V8) F1.07 9、ニック・ハイドフェルド
10、ロバート・クビサ
残留
新人
BS
トヨタ トヨタ(V8) TF107 11、ラルフ・シューマッハ
12、ヤルノ・トゥルーリ
残留
残留
BS
レッドブル ルノー(V8) RB3 14、デビッド・クルサード
15、マーク・ウェバー
残留
ウィリアムズ
BS
ウィリアムズ トヨタ(V8) FW29 16、ニコ・ロズベルグ
17、アレキサンダー・ブルツ
残留
復帰
BS
トロ・ロッソ フェラーリ(V8) STR2 18、ヴィタントニオ・リウッツィ
19、スコット・スピード
残留
残留
BS
スパイカー フェラーリ(V8) F8-[ 20、クリスチャン・アルバース
21、エイドリアン・スーティル
残留
新人
BS
スーパー・アグリ ホンダ(V8) SA07 22、佐藤 琢磨
23、アンソニー・デビッドソン
残留
新人
BS

 ■ 3月18日 第1戦 オーストラリア
 予選。ホンダエンジンのスーパーアグリが本家を上回る予選10番手につけた。マッサはトラブルとエンジン交換で最後尾に落ちた。
 決勝スタート。新人のハミルトンが、順位を落とすものの、1コーナーへの進入で思い切りのいい進路変更を見せ、3位につけた。ライコネン、ハイドフェルド、ハミルトン、アロンソ、クビサ、フィジケラ、ウェバー、R.シューマッハ。
 14周目にハイドフェルドからピットインが始まった。ハミルトンがいきなり首位走行を果たした。29周目、ライコネン、ハミルトン、アロンソ、クビサ、ハイドフェルド、フィジケラ、R.シューマッハ、ロズベルグ。琢磨は14番手に落ち、マッサは10番手まで上がった。
 ロズベルグがR.シューマッハをオーバーテイクした。クビサがギヤボックストラブルでリタイヤした。38周目に2/2のピットインが開始。コバライネンが派手なスピンを演じた。ウェバーはピットレーンでスピン。アロンソがピット作戦でハミルトンの前に出た。
 49周目、クルサードとブルツが接触した。マシンが交錯し、タイヤがヘルメットの目の前を掠めた。マッサは最後尾からの1回ストップ作戦で追い上げ、フィジケラの背後にまでつけた。しかし順位は変わらず。ライコネンが磐石の勝利。

 ■ 4月8日 第2戦 マレーシア
 気温34℃、路面温度56℃というコンディション。バリチェロがピットスタート。
 スタートから1コーナーまでの攻防の結果、マクラーレンのワンツー体制になった。アロンソ、ハミルトン、マッサ、ライコネン、ハイドフェルド、クビサ、ロズベルグ、フィジケラ。4〜6周目、マッサがハミルトンに仕掛ける。ライコネンも2台の隙をうかがう。ハミルトンは、相手を一旦は前に出しながら、絶妙なブレーキ操作によって次のカーブで抜き返し続けた。翻弄されまくったマッサは結局コースオフして順位を落とした。
 18周目、マッサからピットインが始まった。ハイドフェルドとフィジケラが遅めのピットイン。クビサが後退した。29周目、アロンソ、ハミルトン、ライコネン、ハイドフェルド、マッサ、ロズベルグ、フィジケラ、トゥルーリ。
 39周目頃から、2/2のピットイン。順位変動はないが、ライコネンが追い上げてきた。44周目、ロズベルグが突然リタイヤした。
 アロンソが危なげなく勝った。ハミルトンは2位を守りきり、ファステストラップを記録しもした。2戦目でもう一流ドライバーのような活躍である。父親も興奮気味であった。

 ■ 4月15日 第3戦 バーレーン
 スタート直後、後方で接触があり、バトンとスピードがリタイヤした。セーフティーカーが出動した。
 4周目に再開。マッサ、ハミルトン、アロンソ、ライコネン、ハイドフェルド、クビサ、フィジケラ、ウェバー。やがて、トゥルーリ、ブルツ、ロズベルグのトヨタエンジン勢に激しい戦いが起きた。レッドブルやスーパーアグリも加わり、中団が熱い。
 20周目頃に上位のピットインが始まった。ライコネンがスタートで失った3位の座を、ピット作戦で取り戻した。29周目、マッサ、ハミルトン、ライコネン、アロンソ、ハイドフェルド、デビッドソン、クビサ、フィジケラ。スーパーアグリのA.デビッドソンは、ワンストップ作戦かと思わせるほどの燃料満タン策をとった。また、クルサードが21番グリッドから、猛烈な勢いで得点圏内目前まで追い上げてきた。中団に相変わらず単独走行がなく、各車緊迫の展開が続く。ルノーはこの争いに飲み込まれた。ロズベルグにコースオフが目立った。
 第2ステイントになって、マッサが独走態勢を築き上げた。32周目、ハイドフェルドがアロンソをオーバーテイクした。35周目、琢磨がエンジンブローでリタイヤ。クルサードもリタイヤ。
 41周目頃に上位の2/2ピットイン。順位変動なし。ウェバーがクラッシュした。残り5周で、デビッドソンのマシンからも白煙があがった。
 マッサは通算3勝目。3勝とも独走のポール・トゥ・ウィンであり、彼のスタイルになりつつある。ハミルトンはデビューから3戦連続で表彰台に立つ。新人の開幕からの活躍というと、1965年のJ.スチュワートがある。スチュワートはデビューから6、3、2、2、5、2位という6戦連続入賞を果たし、この年の内に初優勝も成し遂げた。ハミルトンは今後どこまで迫れるだろうか!?

 ■ 5月13日 第4戦 スペイン
 マッサが100分の3秒差でポールポジション。3戦連続。
 決勝。予選6位で期待が高まったトゥルーリだったが、トラブル発生で最後尾に落ちた。1コーナーの飛び込みで、アロンソがマッサと軽く接触し、コースオフした。ブルツとR.シューマッハにも接触があり、前者はリタイヤした。マッサが差を広げる展開の中、マシントラブルが続出、ウェバー(トランスミッション)、トゥルーリ(燃圧)、ライコネン(電気系)、S.スピード(タイヤバースト)がリタイヤした。マッサ、ハミルトン、アロンソ、クビサ、ハイドフェルド、クルサード、コバライネン、ロズベルグ。
 19周目、マッサとアロンソから上位陣のピットインが始まった。リウッツィが油圧系トラブルでリタイヤ。ピット出口でホンダ勢同士が接触し、バトンはピットインを繰り返した。ハイドフェルドもロリポップのミスで脱落した。36周目、マッサ、ハミルトン、アロンソ、クビサ、クルサード、コバライネン、ロズベルグ、バリチェロ。混乱の中、佐藤琢磨が9位を走っている。
 43周目、上位陣2/2のピットインが開始、順位変動は起こらず。ルノーは3回ストップ作戦を選択したようで、琢磨に期待が高まる。R.シューマッハがガレージに消えた。
 8位フィジケラはペースを上げつつ、残り7周でピットインした。1コーナーは僅差で琢磨が制し、チーム初入賞を決めた。
 ハミルトンは4戦連続表彰台で、ポイントランキングで先頭に立っている。彼はF1界のタイガー・ウッズと呼ばれるようになった。今回、チームとして大きなミスがなかったのはスーパアグリのみで、当然うれしい結果につながった。優勝したときのような騒ぎとなった。今後、上位トラブルなしの入賞、表彰台、…と、新興チームにとって夢が広がる一戦となった。
 ところで、カタロニアのスペインGPでは過去、1991年の開催から12人がポール・トゥ・ウィンを決めており、今年もF.マッサが続いた。この12名のうちタイトルを逃したのは2005年のK.ライコネンのみで、以外の全員がその年のチャンピオンとなった。今年はどんな結果になるだろうか…!?

 ■ 5月27日 第5戦 モナコ
 今週末は悪天候が予想され、フリー走行で新人のA.スーティルがトップに立つなど、波乱の予感もあったものの、決勝は抜けるような青空の下で行なわれた。予選中、クルサードに他車の進路妨害があったとして、ペナルティが科せられた。また、ライコネンがガードレールと接触して、後方スタートとなった。
 スタート1コーナーでは、ロズベルグとフィジケラが接触しそうになり、前者が引いた。この結果、ロズベルグはワンストップ作戦のBMWの後塵を拝することになった。
 1/2のピットストップ直前、ハミルトンは予選を上回る1分15秒372というタイムを弾き出した。しかし上位陣に順位変動はなし。第2ステイントでは、ソフトを選んだマッサのタイムが伸びず、マクラーレンの独走を許した。
 結局、マクラーレンが後続に1分以上の差をつけての、ワンツーフィニッシュを果たした。マクラーレンは150勝目。また、モナコで19台もの完走は珍しい。

 ■ 6月10日 第6戦 カナダ
 予選。ハミルトンがついにPPの位置に立った。コバライネンがエンジン交換で最後尾からのスタート。アルバースがピットスタート。
 決勝は、2回のピットインのタイミングで2回ともクラッシュが発生し、セーフティーカーが出動した。これらの再開直後にもクラッシュが発生し、それぞれSCが再出動と、大波乱のレースになった。今季から、「SC導入後は隊列が整うまでピットインが認められない」という新ルールが定められている。タイミングよく給油した先頭の2台以外は、このルールに翻弄され、順位が全く定まらない展開となった。
 順を追って描写すると、スタート1コーナーでアロンソがコースオフして、ハイドフェルドの先行を許した。バトンが上手くスタートできずリタイヤ。ウェバーが1コーナーでスピン。後方でS.スピードとブルツが接触し、前者はリタイヤ。ブルツはリアウイングにダメージを負った。ハミルトン、ハイドフェルド、アロンソ、マッサ、ロズベルグ、ライコネン、フィジケラ、クビサ。
 20周目、アロンソが1コーナーを再び曲がりきれず、マッサが前へ。ハイドフェルドがピットイン。翌々周にハミルトンがピットイン。直後、スーティルのウォール激突でSC出動。皆が給油のタイミングである。出動指示の前後に止むを得ず給油を行なった者が現れた。
 25周目、隊列が整っての給油規制解除でピットは大混乱に。ライコネンが待たされた。SC先導の隊列が通過中は、ピットレーン出口に赤信号が灯る。この状況下で、戦いに夢中でコースに復帰した者がいた。
 27周目にレース再開。直後、クビサがヘアピン手前で大クラッシュ。前車との接触でフロントウイングを失い、トップスピードのままはみ出たウォールに正面衝突のあと、回転して側面も激しくぶつけ、胴体部分だけとなったマシンが、横倒しでとまった。ドライバーに挙動がなく、現場は騒然となった。SC出動。
 33周目に再開。ハミルトン、ハイドフェルド、アロンソ、ロズベルグ、デビッドソン、R.シューマッハ、ウェバー、マッサ。
 36周目、アロンソとロズベルグが、規制中の給油による10秒ペナルティを行なう。3位にあがったデビッドソンだったが、コースに飛び込んだ小動物との衝突でダメージを負い、緊急ピットインを強いられた。クルーは大慌て。
 38周目、ロズベルグとトゥルーリが1コーナーで並んでスピン。クルサードがギヤのトラブルでガレージへ。ハミルトン、ハイドフェルド、ウェバー、マッサ、フィジケラ、琢磨、ライコネン、アロンソ。
 46周目頃、アロンソがファステストの追い上げを見せる。しかし縁石で大きく跳ねた。
 47周目前後、先頭の2台がピットイン。直後、アルバースがウォールにヒットしてパーツが飛び、SC出動。出動指示の当にそのときに琢磨がピットイン。クルーが戸惑う。柔らかいタイヤのままで安全走行した後、もう一度ピットインして固いタイヤで復帰する。また、上記のピットレーン赤信号無視により、マッサとフィジケラに失格が通達された。短めのステイントを取っていた者(SC出動前にピットインした者)はここで上位へ浮上した。
 55周目に再開するも、5番手のリウッツィがウォールの餌食になり、4回目のSC出動となった。トゥルーリが安全走行中に2コーナーでウォールに直進した。長いステイントを取る者(ここまでピットインしていない者)は、一時的に上位に急上昇している。
 61周目に再開。ハミルトン、ハイドフェルド、バリチェロ、ブルツ、コバライネン、ライコネン、アロンソ、R.シューマッハ、琢磨。 琢磨のペースがよい。
 残り6周、バリチェロが給油で後退。ここまで20周近く安全走行があり、燃料とタイヤに優しい展開ではある。ブルツはワンストップ作戦で戦列に残った。
 残り3周、琢磨がR.シューマッハをオーバーテイクし、間髪いれずアロンソに挑んだ。解説陣からも「行け!」と声があがる。琢磨は見事これを攻略し、大荒れのレースで最後に清らかな場面を演出した。
 序盤にリタイヤした者ら以外のほぼ全員が、入賞圏内を走ったレースとなった。ハミルトンは、特異なコースで大荒れの展開の初体験だったにも関わらず、ポール・トゥ・ウィンで初優勝を遂げた。多くのファンが心配したクビサは軽傷で済んだ。

 ■ 6月17日 第7戦 アメリカ
 先週の大クラッシュの影響でR.クビサが欠場し、何かと話題のサード・ドライバー、セバスチャン・ベッテル(19歳)が代役で出場した。
 決勝スタート。ライコネンが順位を落とした。1コーナーで接触があり、R.シューマッハ、クルサード、バリチェロがリタイヤした。フィジケラがスピンして順位を落とした。ハミルトン、アロンソ、マッサ、ハイドフェルド、コバライネン、ライコネン、トゥルーリ、ウェバーの順でレースが進む。黄旗中の追い越しによるペナルティの発表のあと、琢磨がスピンしてリタイヤした。
 21周目、ハイドフェルドにオーバーランがあり、後退。直後に上位陣のピットインが始まる。ライコネンが順位を上げ、追撃体制に入った。後方では、リウッツィ以下が詰まり、バトルが頻発した。何名かワンストップ作戦を採っている。
 34周目、ハミルトン、アロンソ、マッサ、ロズベルグ、ライコネン、ハイドフェルド、コバライネン、トゥルーリ。トップの二人が接近戦になった。ロズベルグがワンストップで上位進出に成功した。
 38周目、本戦のハイライトが訪れた。周回遅れ処理の間に先頭の二人が最接近し、バック・ストレートから1コーナーにかけて両者が並ぶ…、が、順位は変わらなかった。
 47周目、コバライネンからピットインが始まる。ライコネンがピットイン直前にファステストラップを刻んだ。57周目、ハイドフェルドがマシントラブルからリタイヤした。フェラーリ勢同士にも順位争いが起きた。トゥルーリ、ウェバー、ベッテルの7〜9位争いも熱い。
 残り4周、ロズベルグのマシンが白煙を上げて止まった。これにより、ベッテルは史上最年少入賞の快挙を達成した。ハミルトンが連続ポール・トゥ・ウィン。

 ■ 7月1日 第8戦 フランス
 予選で、アロンソのマシンにトラブルが発生し、彼は10番手に沈んだ。
 琢磨には、上述の理由から10グリッド降格のペナルティが科せられた。スーティルがピットスタート。
 スタート後、ライコネンがハミルトンを抜いて、フェラーリがワンツー体制を築く。後方で接触があった。トゥルーリ、リウッツィ、デビッドソンがリタイヤし、コバライネンが大きく後退した。
 大勢が2回のなか、ハミルトンは3回ストップ作戦を選んだ。アロンソがハイドフェルドやフィジケラと好勝負を演じて上位進出をうかがうものの、ピットインのたびに元の順位に戻った。38周目には、ピットアウト直後のハミルトンとクビサがバトルを演じた。
 2回目のピットストップで、ライコネンが数周のうちに先頭のマッサとの差を詰めて逆転した。

 ■ 7月8日 第9戦 イギリス
 琢磨がピットスタート。マッサのマシンが動かず、スタートやり直しとなった。マッサもピットからスタートする。
 ハミルトン、ライコネン、アロンソ、クビサ、コバライネン、フィジケラ、ハイドフェルド、R.シューマッハの順でレースが進む。ライコネンはハミルトンの後ろにピタリとつけている。マッサは最後尾から猛烈に追い上げている。
 16周目頃に1/2のピットインが始まった。ハミルトンのピット作業に少し焦りが見られた。その結果、数週遅れてピットインしたライコネンが逆転した。さらに、アロンソが給油時間を短くして先頭へ。アロンソ、ライコネン、ハミルトン、クビサ、フィジケラ、ハイドフェルド、マッサ、クルサード。R.シューマッハのマシンがピットで動かなくなった。
 2/2のピットインで、ライコネンが先頭に立ち、そのまま勝った。マッサは5位まで追い上げた。コンストラクターの上位4チームの8名が入賞者となった。

ページ先頭へ

 ■ 7月22日 第10戦 ヨーロッパ
 マクラーレンとフェラーリの間にスパイの話しが持ち上がった。あるスタッフがフェラーリからマクラーレンに移籍する際、マシンの情報を持ちこんだのだという。C.アルバースが解雇の憂き目に遭った。本戦の代役は、マークス・ヴィンケルホック('80年代に活躍したマンフレートの子供)。予選で、L.ハミルトンがヘリコプターで搬送されるほどの大クラッシュを起こした。
 フォーメーションラップ中に、にわか雨が始まった。BMW勢に接触があった。マッサがアロンソの前へ。数周のうちに、グラベルも含めてコースが川のようになるほどの豪雨となり、いたるところでスピン、接触が発生、タイヤ交換もあって、順位がまったく把握できない。終いには、1コーナーで止まりきれぬマシンが次々と魚雷のようにグラベルに突っ込む事態になり、赤旗中断となった。飛んでくるマシンをSCが辛うじて避けるような場面まであった。
 この時点で、トロ・ロッソの2台、ロズベルグ、スーティル、バトンがリタイヤした。ハミルトンはクレーンで吊り上げられたのち、レースに復帰した。ライコネンはピットレーン進入ミスがあり、後方に落ちた。先頭は、レインタイヤ装着でピットスタートしたMar.ヴィンケルホックである。
 数十分で嵐は去り、6周目にSC先導でレースが再開した。8周目、SC解除。このときハミルトンがドライタイヤに履き替えたが、これは早すぎる判断で、周回遅れになった。
 12周目頃、サーキットに抜けるような青空が戻り、各車ドライタイヤへ交換した。ライコネンのタイミングが抜群で順位をあげた。14周目、ヴィンケルホックに油圧系トラブル。マッサ、アロンソ、ライコネン、ウェバー、コバライネン、ヴルツ、クルサード、クビサ。
 19周目、R.シューマッハとハイドフェルドがぶつかって、前者がリタイヤした。翌周、琢磨に油圧系トラブル。35周目、ライコネンにも油圧系トラブル! マッサ、アロンソ、ウェバー、ヴルツ、コバライネン、クルサード、クビサ、ハイドフェルド。ハミルトンは42周目には10番手に。
 47周目、ルノーのホイールカバーがホームストレートを転がり、何も知らずに通過するドライバーが仰天する動作がたびたび見えた。直後、また雨が降り始めた。ピットに雨雲が迫るまで情報が錯綜し、コバライネンがいち早くレインタイヤに履き替えるも、ペースが悪く後退した。マッサも遅くなった。
 55周目、マッサとアロンソが1秒差に。マッサは懸命に防いだが、翌周に屈した。このとき接触があり、レース後、両者が口論する場面も見られた。

 ■ 8月5日 第11戦 ハンガリー
 スパイカーに山本左近が、またトロ・ロッソにS.ベッテルが乗ることになった。
 予選。マッサが出走直前の準備(タイヤ熱、燃料補給)に失敗し、大きく後退した。予選が終わる頃、マクラーレンのピットでマシン2台が立ち往生した。アロンソが難癖をつけてピットの時間を延ばし、ハミルトンのピットインを遅らせることで、彼の最終アタックを阻んだのだという。
 予選1位のアロンソには、この抜き難いサーキットで、5グリッド降格のペナルティが科せられた。さらに本戦でのマクラーレンのコンストラクーズ・ポイント剥奪が決定した。またフィジケラにも他車の進路妨害があったとして、同様のペナルティが科せられた。
 決勝は、少し単調な展開になった。アロンソやライコネンがペースをあげて前車に迫る場面があったものの、並びかけることはできなかった。BMWが3回ストップ作戦を成功させ、N.ロズベルグが同作戦で順位を落とした。
 マクラーレンの内部事情について、マスコミが盛んに書きたてている。ハミルトンは予選でチームの手順を狂わせる行動をとってしまい、それが発端となったようである。

 ■ 8月26日 第12戦 トルコ
 ホンダの2台がエンジンを交換して、10グリッド降格となった。
 スタートでフェラーリがワンツー体制を築く一方、アロンソが遅れた。トゥルーリが接触、スピンで後方に沈んだ。マッサ、ライコネン、ハミルトン、クビサ、ハイドフェルド、アロンソ、コバライネン、N.ロズベルグ。
 13周目、18周目にBMW勢がピットイン。アロンソが彼らを交わす。フェラーリはソフトタイヤで走り続ける。R.シューマッハと琢磨がワンストップ作戦を採った。マッサ、ライコネン、ハミルトン、アロンソ、ハイドフェルド、コバライネン、クビサ、N.ロズベルグ。
 38周目、クビサからピットインが始まる。フェラーリ2台は、急接近する場面もあったが、数秒差で順位が固定する。43周目、ハミルトンのタイヤがバーストし、彼の順位が下がった。
 ポイントランキングの上位がちょうど逆さの順にゴールして、混戦を期待するファンにとって望ましい結果になった。12戦を終えて3勝×4人でシーズン終盤へ進む。

 ■ 9月9日 第13戦 イタリア
 土曜午前のフリー走行で、ライコネンが300km/hオーバーの激しいをクラッシュを起こした。エンジン交換によるグリッド降格は避けられたものの、スペアカーで予選を戦い、5位という結果になった。
 決勝スタート。1コーナーで攻防があり、ライコネンがハイドフェルドを交わした。マッサとハミルトンに軽い接触があった。2周目、クルサードがパーツを飛び散らせながらクラッシュした。セーフティーカーが出動した。ソフトタイヤを履いているライコネンには有利な展開となった。アロンソ、ハミルトン、マッサ、ライコネン、ハイドフェルド、クビサ、コバライネン、バトン。
 7周目にレースが再開した。しばらくすると、マッサが2周続けてピットインし、そのままリタイヤした(サスペンションの異常)。
 20周目前後に、マクラーレン勢がピットインした。21周目、ロズベルグがバトンを抜いた。クビサのピット作業にミスが発生した。ライコネンのピットインが、レースの半分付近で作業も長めだったので、ワンストップ作戦であることが判明した。アロンソ、ハミルトン、ライコネン、ハイドフェルド、ロズベルグ、バトン、ウェバー、バリチェロ。
 気がついてみると、ツーストップ作戦を採ったのはマクラーレンとBMW勢など8台にすぎず、中団には34、5周までピットインを引っ張った者もいた。重いライコネンに対して、軽いマクラーレンがどんどん差を広げていく。
 41周目、ハミルトンの2/2のピットインが始まった。結果、ライコネンは彼の前に立つことができた。スタンドが湧いた。ただし、ハミルトンはソフトタイヤを装着していて、すぐにペースがあがった。そして43周目の1コーナー、前日のクラッシュで首を痛めているライコネンに対し、ハミルトンは矢が射抜くのような鋭いブレーキングを見せ、彼を抜き去った。

 ■ 9月16日 第14戦 ベルギー
 木曜日、フェラーリから不正に機密情報を取得していた疑いで、マクラーレンに1億ドル(115億円)の罰金と、コンストラクターズ部門からの除外という処分が下った。
 日曜日、クビサがエンジンを交換して10グリッド降格となった。フィジケラとデビッドソンがピットスタートを選んだ。
 決勝スタート、オールージュ付近まで、マクラーレン勢に激しい争いが続いた。結局、アロンソが幅寄せしてハミルトンをコース外に追い出すことで順位を守った。ライコネン、マッサ、アロンソ、ハミルトン、ロズベルグ、コバライネン、ウェバー、ハイドフェルド。
 コバライネン、クルサード、バトンらが1回ストップ作戦を選んだ。フィジケラ、ブルツ、バトンらがピットでレースを終えた。琢磨がバトンを交わす場面をはじめとして、オーバーテイクが随所で見られた。
 フェラーリがワンツーフィニッシュを決めた。マクラーレンがとつぜん選手権からいなくなったことで、フェラーリのタイトルが確定した。

 ■ 9月30日 第15戦 日本
 富士サーキットで30年ぶりの開催となった。国歌斉唱は河村隆一。雨のためかボリュームが小さかったという声も…。N.ロズベルグがエンジン交換で10グリッド降格し、リウッツィがピットスタートを選んだ。
 大雨のため、セーフティーカー先導でレースが始まった。フェラーリ勢が義務づけられたタイヤを選ばず、余計なピットインで最後尾に回った。ハミルトン、アロンソ、ハイドフェルド、バトン、ウェバー、ベッテル、クビサ、フィジケラの順で、安全走行が続く。12周目、トゥルーリがスピンした。最後尾のフェラーリは、燃料を満タンにするため、再びピットインした。
 20周目に本来のレースが始まった。ハイドフェルドとバトン、後方ではブルツとマッサが接触した。バトンと琢磨がフロントウイングを失った。琢磨のマシンはピットアウトの際、燃料が漏れて火の手が上がった。マッサにSC先導中の追い越しがあったことで、ドライブスルー・ペナルティが科せられた。ハミルトン、アロンソ、ベッテル、ウェバー、フィジケラ、コバライネン、クビサ、クルサード。ライコネンは12位辺りまで追い上げた。
 依然として大雨のレースが続く。28周目、マクラーレン勢がピットインを行なった。直後、アロンソが痛いコースオフを喫し、ペースも悪くなった。N.ロズベルグやマッサもコースオフした。32周目、クビサがコバライネンをオーバーテイク。ベッテル、ウェバー、ハミルトン、クビサ、コバライネン、フィジケラ、クルサード、アロンソ。
 34周目、ハイドフェルドがアロンソをオーバーテイク。続いて、ハミルトンがクビサの、アロンソがベッテルの追突を受けた。クビサにペナルティが科せられ、アロンソのマシンのサイドポンツーンが壊れた。当初1回ストップ作戦を狙っていた者が、この頃ピットインをはじめた。38周目、コバライネン、フィジケラ、クルサード、ハミルトン、ウェバー、ベッテル、ライコネン、アロンソ。
 41周目、ライコネンが給油した。42周目、アロンソが単独でクラッシュして、SCが出動した。マクラーレンのリタイヤは今季初。ハミルトン、ウェバー、ベッテル、リウッツィ、コバライネン、マッサ、クルサード、フィジケラで安全走行。ところが46周目、ハミルトンの極端な蛇行運転の影響もあり、ベッテルがウェバーに追突した。ウェバーは激怒し、ベッテルは壁にうな垂れた。
 49周目にレースが再開した。ハミルトン、コバライネン、マッサ、クルサード、フィジケラ、ハイドフェルド、ライコネン、バリチェロ。ライコネンがすぐに順位を二つあげた。続いて、57周目の100Rで、クルサードに対して見事なオーバーテイクを見せた。
 2時間ルール適用が決まった。残り10分かそこらでレースが終わるというのに、マッサやバリチェロは給油を強いられた。残り数周というところで、バトンとハイドフェルドがリタイヤした。さらに、ファイナルラップでマッサとクビサが互いに相手を芝生に押し出すような、エキサイトしすぎのデッドヒートを演じた。
 始終霧に包まれ、水しぶきが舞ったレースであった。何人かのドライバーは、「早いうちにレースを中止すべきだったのでは?」というコメントを残した。トヨタのお膝元である富士スピードウェイは、運営面で様々な問題を露呈した(交通の便、ある指定席での観戦具合、横断幕使用を巡る不公平なルールなど)。ハミルトンはチャンピオンに王手をかけた。アロンソとライコネンにわずかなチャンスが残っている。ルノーのクルーが、久しぶりの表彰台でドライバーが落としたシャンパンを受け損なうという波乱まで起きた。リウッツィに黄旗無視があり、レース後、スーティルと順位が入れ替わった。

 ■ 10月7日 第16戦 中国
 予選中に走行妨害があったとして、S.ベッテルが5グリッド降格となった。アロンソは、ここ数戦チームとの関係がさらに悪化していて、予選後に暴れる姿が見られた。
 台風通過と重なり、風雨のもとで決勝がはじまった。アロンソが一時3位に浮上するも、4強はグリッド順のまま。R.シューマッハがスピンして後方に沈んだ。ハミルトン、ライコネン、マッサ、アロンソ、クルサード、ハイドフェルド、リウッツィ、ウェバー。ハミルトンが独走する中、中団では随所でオーバーテイクが見られた。特にR.シューマッハが元気で、一時12位まで順位をあげた。リウッツィも5番手を走った。
 15周目、ハミルトンからピット作業が始まった。上位陣は、ウェットタイヤを交換せず、給油のみでコースに戻った。23周目、張り切るR.シューマッハとリウッツィが接触した。R.シューマッハにはピット作業でミスが発生した。
 25周目、ドライのソフトタイヤを選んだヴルツが、ここまでのファステストラップを叩き出した。マッサがドライタイヤに変更した。27周目、激しい雨が降ってきて、どのタイヤが有利なのか不明になった。R.シューマッハとスーティルがリタイヤした。ルノー勢がロズベルグを挟み撃ちし、コバライネンだけが無事で、他の二人はコース外に飛び出した。他に、ハイドフェルドやウェバーらが余計なピットインで順位を落とした。
 気がつくと、ハミルトンとライコネンが1秒差になっている。29周目、ライコネンがハミルトンをオーバーテイクした。前半飛ばしすぎたのか、ハミルトンのタイヤは使い物にならなくなっていた。そしてトップ32周目、ハミルトンはピットレーンでグラベルに捕まり、マシンが動かなくなった。
 32周目、ライコネンがソフトタイヤに、アロンソがハードタイヤに変えた。クビサ、ライコネン、アロンソ、マッサ、ベッテル、バトン、リウッツィ、ヴルツの順番。直後、クビサが油圧系トラブルでリタイヤした。36周目、バトンがベッテルをオーバーテイクした。しかし、ベッテルは絶妙なタイミングでのワンストップ作戦だったので、上位に残った。
 ライコネンのシーズン最多勝が確定した。フェラーリは200勝目である。

 ■ 10月21日 最終の第17戦 ブラジル
 A.ブルツが中国GPいっぱいでの引退を表明し、代わって中嶋一貴が最終戦を走ることになった。彼は中嶋悟の息子である。
 スーティルがピットスタートを選んだ。注目の決勝スタート、ライコネンがハミルトンを交わし2位に浮上。ハミルトンは、2コーナーでアロンソにも屈する。負けじとしかけるが、今度はオーバーランして8位にまで順位を落とした。2周目、フィジケラと左近が絡んで、2台ともリタイヤした。
 8周目、6位まで順位をあげていたハミルトンが突如スローダウンし、18位まで順位を下げた。先のコースオフの影響からギアボックス・トラブルが発生した模様。10周目、バリチェロにフライングがあり、ドライブスルーペナルティが科せられた。フェラーリ勢が下位を引き離していく。
 20周目、BMW勢からピットインが始まった。この時点でハミルトンは11位まで復帰している。彼はスーパーソフトタイヤを選んで、更に高速で走る。
 32周目、中嶋一貴がピットインの際、タイヤがロックして、クルーを跳ね飛ばした。翌周、クビサがアロンソを抜いた。ライコネンにチャンピオンの可能性が見えてきた。デビッドソンとの接触で、スーティルにドライブスルーペナルティが科せられた。
 37周目、ハミルトンが3ストップに変更してピットイン。翌々周にクビサも同様にピットインした。コバライネンがクラッシュし、今季唯一の連続完走が途絶えた。アロンソのタイムが伸びない。
 47周目、ハミルトンが得点圏内まで復位した。51周目にマッサがピットイン。翌周、アロンソもピットイン。ライコネンがペースをあげ、54周目ピットアウト後、マッサの前に立った。
 57周目、ハミルトンが最後のピットイン。9位から猛追を再開した。終盤、クビサとN.ロズベルグが接近戦となった。2台が絡んでリタイヤとなれば、それだけハミルトンの順位があがるわけで、二重の意味でハラハラドキドキの4位争いとなった。
 そして、ライコネンが先頭のままチェッカー!! 大逆転でチャンピオンとなった。これまで大逆転は数あれど、最終の2戦で17点差を覆すというのは最大の事例である。
 中嶋一貴は、終盤に目を見張るペースで飛ばしつづけ、ファステストラップでチームメイトを上回る5位を記録した。跳ね飛ばされたクルーは、救急車で病院に運ばれたものの、無事であるという。

 ■ シーズン後

開催数覇者得点シェア勝率PP率FL率LD率 最多勝PP王FL王LD王
17K.ライコネン16.6%.353 .176 .353 22.4% K.ライコネン.353 L.ハミルトン
F.マッサ
.353 K.ライコネン
F.マッサ
.353 F.マッサ28.5%
2007年ポイント推移の図
 マクラーレンが、最終戦での他チームの燃料使用について難癖をつけた。結果次第ではチャンピオンが覆るため、少し話題になった。
 今季の、このようなマクラーレンをめぐるイザコザは、マスコミとネットを通じて肥大化した。どんな話題も、ドライバー間の確執問題に絡められた。ネット時代初のチーム内確執であった。マスコミの話しなのでボリューム半分で理解するのだとしても、緊迫したタイトル争いを見つめるファンにとって、耳を塞ぎたくなるような舌戦になってしまった。
 そんななか、K.ライコネンが勝ったことは、シーズン終盤に望みうる最も清々しい結果だったのではないだろうか。アロンソもハミルトンも、プロフェッショナルとして彼のタイトルを即座に祝福した。ライコネンは、2005年開幕前にお酒を飲んでの醜聞が世界中に伝えられたことがある。それでも、彼は世間の風評にはとんと無関心で、コース上での自身の仕事に黙々と専念し、この年あたりから速さに当代一の磨きがかかってきた。要するに、実力で醜聞をねじ伏せた。このように、周りがどれだけやかましく騒ごうとも一心に自身の仕事に徹する男がチャンピオンになったことで、今季は締め括りも含めて、名シーズンの一つとなったと言えよう。
 チーム別に見ると今季は、史上数例しかないほどにフェラーリとマクラーレンの2チームによる一騎打ちとなった。優勝とPPとFLを、この2チームのメンバーが占めた。そして、サーキットごとに勝敗が明確に分かれる点が目立った。ワンツーフィニッシュは双方とも4回を数えた。ポール・トゥ・ウィンは7回と6回であった。傾向としては、マクラーレンが高速・低速サーキットに強く、フェラーリが中高速サーキットに強いという印象であった。
 そんな、フェラーリとマクラーレンのコンストラクターズ争いは、マクラーレンのポイント除外がなかったとしても、フェラーリに軍配が上がった。フェラーリが 110+94=204点、マクラーレンが 109+109-15(ハンガリーでの除外分)=203点となる。
 12月、アロンソはルノーに移籍することが決まった。
 R.クビサは、表彰台にのぼらずに39点および得点シェア5.8%を記録した。誉めていいのか非難して然るべきなのかよく分らないが、それぞれ歴代最多を大幅に更新した。

前年へ / シーズン前へ  / シーズン中盤へ / 翌年へ




別ウインドウです。読み終わったら閉じてください。


inserted by FC2 system