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  F1今昔物語 1983年 ダイジェスト

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 ■ シーズン前
 15戦中11戦が有効得点となる。
 グランドエフェクトを利用したウイングカーは'82年限りで禁止されることになった。フラットボトム規定である。F1マシンは、煙草の箱を寝かせたような四角いものから、サイドが絞り込まれたスマートなものへと一挙に様変わりした。この動きと入れ替わるように、ターボエンジンの力がシーズン全体において本領を発揮しはじめたのが、このシーズンのことである。
 この年だけ、レース中のガス給油がルールとして許された。以後、速すぎるターボエンジンを燃費の面から規制する目的で、様々な試行錯誤がなされる。
 注目されるドライバー移籍話しに、R.アルヌーのルノー離脱フェラーリ加入、J.ラフィーのウィリアムズ入りがある。
チーム エンジン ドライバー 前年は? タイヤ
フェラーリ フェラーリ(V6ターボ) パトリック・タンベイ
ルネ・アルヌー
残留
ルノー
GY
マクラーレン フォードDFV、
ポルシェ(V6ターボ)
ジョン・ワトソン
ニキ・ラウダ
残留
残留
MI
ルノー ルノー(V6ターボ) アラン・プロスト
エディー・チーバー
残留
タルボ−リジェ
MI
ウィリアムズ フォードDFV、
ホンダ(V6ターボ)
ケケ・ロズベルグ
ジャック・ラフィー
残留
タルボ−リジェ
GY
ロータス フォードDFV、
ルノー(V6ターボ)
エリオ・デ・アンジェリス
ナイジェル・マンセル
残留
残留
PI
ティレル フォードDFY ミケーレ・アルボレート
ダニー・サリバン
残留
新人
GY
ブラバム BMW(L4ターボ) ネルソン・ピケ
リカルド・パトレーゼ
残留
残留
MI
リジェ フォードDFV J-P.ジャリエ
ラウル・ボゼール
残留
ティレル
MI
アルファロメオ アルファロメオ(V8ターボ) アンドレア・デ・チェザリス
マウロ・バルディ
残留
アロウズ
MI
アロウズ フォードDFV マルク・スレール
チコ・セラ
ティエリー・ブーツェン
残留
フィッティパルディ
新人
GY
ATS BMW(L4ターボ) マンフレート・ヴィンケルホック 残留 GY
トールマン ハート(L4ターボ) デレック・ワーウィック
ブルーノ・ジャコメリ
残留
アルファロメオ
PI
セオドール フォードDFV ロベルト・ゲレロ
ジョニー・チェコット
エンサイン
新人
PI


 ■ 3月13日 第1戦 ブラジル
 前年チャンピオンのK.ロズベルグは、PPスタートから2位でゴールしたものの、ピットで押し掛けがあったとして失格になった。E.デ・アンジェリスも、スタート直前のマシン交換が認められず、失格となった。
 両者の失格によって以下の順位の繰上げが行なわれなかったのは、異例のことである。

 ■ 3月27日 第2戦 アメリカ西
 ロングビーチでのF1は今季限りとなる。
 最後のロングビーチGPでは、J.ワトソンとN.ラウダが一度聞くと忘れられなくなるような記録を残した。二人は、予選順位がそれぞれ22位と23位という尻尾の位置から追い上げて、ワンツーフィニッシュを果たしたのだ。予選22位からの勝利! このワトソンの数字は当然ワーストグリッド勝利のナンバーワンとなっている。
 25周目にトップのP.タンベイがクラッシュ、J.ラフィーがキャリア中ひさびさにトップに踊り出た。ところが45周目にはもうワトソンがこれを追い抜いた。予選より約2秒速いファステストラップを残した。
 ワトソンは、もともとヒゲがトレードマークのドライバーであったが、'76年の初優勝後にそり落としたというエピソードを持つ。
 6位のジョニー・チェコットは、ライダーからの転向者である。またこのレースには、'81年を以って引退したA.ジョーンズがアロウズで復帰している。一戦のみの復帰で、詳しい理由はわからない。

 ■ 4月17日 第3戦 フランス
 A.プロストが予選で、2位のチームメイトに2秒以上の差をつけた。たいへんな数字である。
 決勝も30秒以上の差で悠々と勝った。彼の地元GPでの6勝という大記録は、こうして着々と積み上げられていく。

 ■ 5月1日 第4戦 サンマリノ
 タンベイ通算2勝目を飾った。昨年フェラーリにとって大きな禍根が残った地元サンマリノでの勝利である。

 ■ 5月15日 第5戦 モナコ
 驚くなかれ、第2戦で優勝したマクラーレン勢が、トールマンやオゼッラと並んで、予選落ちを喫した。
 今シーズン当たり前となった給油ピットイン。しかしモナコには、"各ピットに50リットル以上のガソリンを置いてはならない"という昔からのルールがあり、このレースだけは給油が行なわれなかった。
 ここまで5戦で5人のウィナーが現れた。'67年、'75年に続いて3度目。しかし5戦とも異なるコンストラクターとなると、今季が唯一のこととなる。

 ■ 5月22日 第6戦 ベルギー
 麗しきアルデンヌの森に広がるスパ・フランコルシャンが、半分の長さになってF1に帰ってきた。'78年に現在の全長7kmのコースに改められ、今季から連続で開催され続けている。
 ラ・ソース、オー・ルージュ、ケメル・ストレート、スタブロウ、ブランシモン、バスストップ・シケインと、名物コーナー名物ストレートの目白押しである。また、予想もつかない天候の変化が頻繁に起きることでも有名で、スパ・ウェザーと呼ばれる。この2点によって、ドライバーからもファンからも人気が高い。F1を代表するサーキットの3本指には入る。

 ■ 6月5日 第7戦 アメリカ東
 '89年にターボエンジンが規制され禁止になるまでの、NA車の最後の優勝がティレルのM.アルボレートによって記録された。以降、勝者はすべてターボエンジンとなる。
 15年以上の長きに渡って、F1の技術面での機軸のひとつであったフォード−コスワースDFVエンジン…。その最後の勝利は、見事フォードのお膝元で達成されたものとなった(ただしDFVではなく開発型のDFY)。

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 ■ 7月16日 第9戦 イギリス
 この一戦から、ブラバムがBT52の改良型を投入した。紺と白のカラーリングが逆転している。"えんぴつノーズ"と呼ばれる尖ったノーズが特徴的なマシンである。サイドが絞り込まれているので、上から見ると本当に鉛筆のように見える。
 予選トップテンの常連である、R.パトレーゼ、A.デ・チェザリス、M.ヴィンケルホック、E.デ・アンジェリス、D.ワーウィックが、なかなかポイントを挙げられない。いずれもターボエンジン使用者であり、速さは十分。しかし、これまで9戦を終えて6〜7戦をリタイヤで終えている。
 ホンダが15年ぶりにF1に帰ってきた。ただしエンジン供給という形でである。復帰初年度は、F2での活動で蓄積されたノウハウや人脈をF1に持ち込んだ程度の、試験的な参戦になった。供給先はスピリット、ドライバーはステファン・ヨハンソンである。

 ■ 8月7日 第10戦 ドイツ
 N.ラウダが逆走という珍しい理由で失格となった。ピットインの位置を誤り、バックして戻したのである。ラウダは今季、勝利がないままシーズンを終える。

 ■ 8月28日 第12戦 オランダ
 シーズンも残り4戦、タイトル争いではプロストが2位のN.ピケに14点の差をつけ、一歩抜きん出ている。実は、プロストはここまで一戦もリタイヤしていない。イギリスのところで述べたターボエンジンの脇役たちとは正反対である。
 この一戦から、マクラーレンもターボエンジンを使用し出した。ポルシェ製TAG−V6ターボ・エンジン。シーズン当初から開発を進めていた模様である。
 決勝42周目のことである。スタートからずっとトップを守ってきたピケに対して、プロストが無理な追越をかけ、終いには両者とも砂地に突進してリタイヤになってしまった。
 ここから両者の勢いが入れ替わってしまったのだという。実際、ルノーの開発はシーズン終盤の詰めの段階で足踏みが続き、不満を募らせたプロストは、チームとの仲をこじらせてしまったともいう。
 フェラーリの二人もポイントを積み上げ、タイトル争いに名乗りをあげた。

 ■ 9月11日 第13戦 イタリア
 ロズベルグは本来なら、5位入賞だったが、ピット走行のとき白線を踏んでペナルティを受けた。
 R.アルヌーが、中盤から6連続入賞、内3勝というポイント荒稼ぎでランキング2位へ踊り出てきた。

 ■ 9月25日 第14戦 ヨーロッパ
 ブランズハッチでのF1は、これまで一年おきに開催されてきたが、'82〜'86年は、イギリスGPやヨーロッパGPとして、連続で開催された。
 僅差で3人が争う混戦のなか、アンジェリス、パトレーゼ、マンセルといった圏外の3人が予選で上位を占めた。プロストは8番手に沈んだ。
 ロータスのマシンはルノーエンジンの特性を活かして突然速くなり、常に予選で上位を占めるようになった。コリン・チャップマンを失ったのは昨年の12月のこと、以後ロータスはマネージャーだったピーター・ウォアが呼び戻され、リジェの設計者であったドゥカルージュが加入した。ボス中心に動くチームから、組織で動く体制に変わり、その効果がこの年の内に現われた、と言えるだろう。
 この一戦は、フェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズの面々が入賞していない。そして、次戦以降、「この3チームの全てが入賞を逃す」というレースが、なくなる。この現象は、現在(2007年)でも続いている。今季以降のF1が、この3チーム中心で進むことの証である。

 ■ 10月15日 最終の第15戦 南アフリカ
 ウィリアムズが、ホンダV6ターボエンジン搭載の試作車FW09を登場させた。ウィリアムズはシーズン後半になると予選で中団に沈み、ひどいときには予選落ちスレスレというときもあった。ノンターボエンジンはもう時代遅れだった。
 ワトソンがスタート時に正しくない位置についたため、失格となった。
 最終戦はパトレーゼが今季初勝利、通算2勝目を飾った。注目のタイトル争いの結果はこうなった。プロストは、ターボのトラブルによってなんとピットでレースを終えた。アルヌーにもわずかにチャンスがあったが、こちらは序盤にエンジンを壊した。ピケはペースを落とし、逆転可能な順位を走りきって、2度目のチャンピオンに輝いた。
 結局、終盤3戦はすべてブラバムがラップリーダーの位置を占めた。ルノーとプロストは完全に調子を崩し、フェラーリも最後の詰めの段階でつまづいたのだった。

 ■ シーズン後
 J.ワトソンが翌年のシートを失った。

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